土曜日に「オーストラリア」という映画を観ました。有名なオーストラリア人の監督と俳優が作った面白い映画でした。一つのテーマは盗まれた世代です。盗まれた世代はオーストラリアの歴史の悲しくて大切な部分です。
2年前、オーストラリアのラッド首相は盗まれた世代のために正式にアボリジニに対して謝りました。僕はその日、本当に感動しました。ラッド首相の演説は長くて意味深くて心からの謝罪でした。大勢の人は感動して、総立ちで拍手喝采しました。しかしたくさんの日本人は盗まれた世代について知らないでしょうから少し説明したいと思います。
イギリス人には1788年にオーストラリアに着いてから紛争の歴史があります。世界中のヨーロッパの国々が植民地にした国と同じように白人はアボリジニから人権と土地を盗みました。白人はアボリジニより優れた民族だと思った人が多かったです。白人と有色人種の「ハーフ」という子供は危険な存在だと思いました。1869年から1969年までアボリジニ保護法でハーフは両親から盗まれて白人のコミュニティに住むことを強制されました。
そのコミュニティでハーフはアボリジニ語を使ったり文化を見せたりしたら罰されました。白人の中には、ハーフがアボリジニのコミュニティで過ごしたら放任されたままになると思った人がいました。実はそんな実例もありました。だから安全のためにアボリジニ保護法が作られました。しかし、移住したアボリジニの子供はしなかった子供より犯罪しがちになったばかりか性的虐待で苦しむことも多かったのです。
100年間に10分の1から3分の1のアボリジニの子供が盗まれたと見受けられています。1969年に盗まれた世代は終わったけれど長い間一般人は知りませんでした。アボリジニの運動家、音楽家、美術家は1980年代から話し始め1988年にアボリジニの土地所有権について有名な裁判が行われました。
1995年から1997年に可能な限り詳しい報告書が作られました。謝罪を勧めたけれど、1996年に中道右派のハワード首相が選ばれ、膨大な補償金の恐れがあったので断りました。たくさんの人々は何かしたかったので非公式な「Sorry Day」を作ったりしました。
2007年11月にハワード首相は中道左派のラッドに破れました。彼は2008年2月13日に第一議会に公式に謝罪しました。多くのオーストラリア人と同様、僕はこの間違った歴史を恥ずかしく思っており更なる改善を望みます。
もし深く知りたければ、「オーストラリア」 (“Australia”)と「裸足の1500マイル」 (“Rabbit Proof Fence”)という映画を観てください。そして、しばしば環境とアボリジニの人権について歌った“Midnight Oil”という白人のバンドと“Yothu Yindi”というアボリジニのバンドを薦めます。もちろんウィキペディアで英語でも日本語でも調べられます。
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