平成22年6月8日火曜日

日本語能力試験

このブログの第1回目は「日本語の勉強」についてだった。その時は2月のはじめで去年受けた試験の結果がまだわからなかった。数日後やっともらって、結果は不合格だった。60%以上正解なら合格だけど、僕は57%だった。だから、今年も受ける。

試験は年に2回あり、今年は7月4日と12月5日だ。どちらも受けられるけれど、僕は7月にした。勉強にはもう飽きたから早く合格して日本にいる最後の年を楽しみたいんだ。でも、一つ問題がある。前に書いたビーチパーティーと日程が重なる。今年は最後のビーチパーティーだからぜひ行きたいと思う。今年から試験は日曜日の午後に行われるから、金曜日の夜お酒を飲んだり踊ったりして楽しんで、土曜日にゆっくりして、日曜日に受けに行く。大変だけどその計画通りにしたら楽しめるしちゃんと受けられると思う。

今年、このブログを始め、毎週勉強している。文法のテキストも終えて、読解と聴解にも力を入れている。でもまだ読解と聴解の勉強はいっぱいしないといけない。今週の土曜日に2週間半帰国して、それから1週間苦しいけれど残っている勉強を集中的にするつもりだ。

しかし、今年から日本語能力試験は新しくなる。違いは大きく、結果として難しくなりそうだ。特に、外国人が慣れていない文法の問題がある。「正しく意味が通る文を組み立て答える問題」と言う。日本人の高校生は英語でそんな問題をするけれど、慣れていない僕にはまだとても難しい。

合格するしないにかかわらず、勉強を続け、ぜひ合格したい。日本人の彼女とうまく生活するためにずっと日本語を勉強しているけれど、この半年ぐらい勉強漬けで苦しい。この試験がもっと難しくなって残念だけどできるだけ勉強と生活のバランスをとるしかない。

平成22年6月2日水曜日

金曜日の夢

最近、眠りにくい。たまに夜中に目が覚めて夢が強く残る。先々週の金曜日はそんな日だった。狭い所で寝ていたから二回も目が覚めて、はっきりした夢の続きを見た。

始めの夢は息苦しいほど汚染された空気の大都会だった。その大都会では手術をすれば呼吸できるけれど、手術を受けない人は違反者だ。僕はその手術を受けなかったから呼吸装置が必要だが、大都会に侵入して友達に会わなければならない。電車などで市内に入りたいが、駅では怖い防毒マスクを付けている軍隊が見廻っているから、入ったり呼吸装置を見せたりできない。怪しくないように息を殺してバス乗り場に行って、バスに乗って引き返す。バスで呼吸装置を使うしかないけれど、他の乗客は僕が使うのを見て訝しい顔を見せる。みんなはこの厳しい軍隊が嫌いだけれど密告する人もいる。やっと引き返して、次の計画を立てたところで、起きてしまった。

後の夢では、僕の学校で働いている。僕の学校は家から11キロメートル離れた普通の場所にあるけれど夢の中の周りの地理はすごく違う。学校は谷にあって、学校と家の間に山林がある。ある日、強い風が吹いて危ないから休校になる。でも、台風とかじゃなくて「風の谷のナウシカ」みたいな毒帯びた風だ。自分の車じゃなくて、よく知らない先生の車で一緒に帰るしかないが、用事をした後、別れてしまう。家に帰る途中、山林の中で前の夢の防毒マスクを付けている軍隊が僕を追ってくる。逃れながら、だんだん強くなっている風を気にしているところで、起きてしまった。

僕はあまり夢の意味を探さないけれど、この二つの夢は印象に残った。

平成22年5月19日水曜日

永遠の物

このブログの第2回目は所有についてだった。まだ書いていない考えもあるから、ここに書く。

人間は大体死ぬのが怖い。その上に、生きている間に自分の物を失くすのはいやだ。死ぬまで持っていたい。祖母の家には各部屋に古い新聞、本、記念の品などがある。祖母は要らない物はあるけれど捨てたくないと言う。僕がなぜかと聞いたら、いい思い出とかいつか必要かもしれないからと応えた。自分の物は宝物になるに連れて、捨てにくくなる。

祖母はいつか死ぬ。その日に、溜め込んだ物は価値を失くす。その人にとって宝物でも他の人からするとゴミだ。

一生に人は物を集めて価値をつける。例えば、今の老人は第二次世界大戦で苦労したので、素朴な物でも記念の品として持っているだろう。一生の宝物だ。それは自分にとって大切だから、もちろん他の人、特に子孫にあげたい。だから、家宝がある。子孫からすると価値が感じられないのに先祖の約束だから保管する。

人生は限られている。だけど、人々は自然の法則に反して、自分の宝物を継承してもらうことによって自分の命の永遠性を求める。僕は自然に従って要らない所有を無くしたい。

平成22年5月14日金曜日

「そのまま」

日本のコンビニは便利なものだ。便利な店、つまりコンビニエンスストアである。しかしぼんやり買い物をしていると、要らない物をいっぱいもらう。不便である。

僕はコンビニで弁当とオレンジジュースをたまに買う。僕はいつもマイ箸を持っていて、すぐ食べるから割り箸、レジ袋などは要らない。だけど、その2つの物を買えば、たくさん要らない物が付いてくる。まず店員さんは温かい弁当と冷たいオレンジジュースを別々の袋に入れる。そして、弁当のために割り箸を入れて、ジュースのためにストローを入れる。だから要らない物を4つももらってしまう!みんなが何も言わずに全部を受け取ったら、環境問題になると思う。

僕は来日してすぐ、断る言葉を習った。「いいです」、「結構です」、「そのまま」と習ってよく使っている。ある友達は「いらん~」も教えてくれたけれどあまりコンビニで使わない!でも、「そのまま」などと言うと、店員さんはいつも「よろしいですか」と確認する。もちろん。だから、それを言われるとイライラする。環境を守りたい。信じられないの?店員さんは丁寧にしているけど、他のお願いにはそんな確認が要らないみたい。

そして、たまに店員さんがわかってくれないことがある。レジ袋だけと思うようで割り箸とストローをくれる。「いいえ、本当にそのまま」と繰り返したら、慌てた顔をする。

日本はオーストラリアと比べて環境のためにいいところと悪いところがある。例えば、エコバッグと再生紙は両国にある。エコバッグはオーストラリアでよく使われ、一方で日本では紙のリサイクルが多い。どちらもエコだが、リサイクルはゴミの再利用だからゴミを出さないエコバッグの方が環境に優しいと思う。だから日本のコンビニは変わらないと大きな問題になるだろう。それに、顧客との関係は大事だけど、エコのイメージができたらもっといいと思う。「毎月10日はレジ袋なしの日」などの方針では足りない。

顧客との関係を維持してエコ活動を推進する方法を勧める。レジの前にPOPでこう表示するのだ。「この店はエコ活動に取り組んでいます。レジ袋、割り箸、ストローがご入用であれば、お申し付けください。過剰包装削減にご協力いただき、ありがとうございます。一緒に環境を守りましょう。」

平成22年5月2日日曜日

ケーブルテレビ

今住んでいる日本の町に到着するとすぐ地方のケーブルテレビが僕にインタビューした。その時はまだあまりうまく日本語がしゃべれなかったけれど、頑張った。撮影の前にちょっと準備したが、よく間違えたり、長すぎて考えたり、「えーと」とか言ってしまった。それで恥く思った。

僕は「やっちゃた」と思ったけれど、ケーブルテレビは翌月にも僕のことを放送したいと聞いてきた。僕はあまり興味がなかったけれど、まだ新しい職員だから断れなかった。彼らは僕がオーストラリアの料理を作るところを放送したがった。僕は料理が下手なので悩んで、簡単なオーストラリアの「ANZAC biscuits」というクッキーを作って、オーストラリアのフットボールを説明することにした。でも当日、華氏温度と摂氏温度の計算を間違って、フットボールの説明をした後で、台所に戻ったら煙だらけだった!びっくりしてちょっと笑ったけれど、少しがっかりした。でもカメラマンはずっと撮影していて、放送で僕の失敗を見せてしまった。その後で、インタビュアーはカメラの前で納豆をくれて、僕の反応を撮影した。まず、僕は「美味しい、うまい」と言ったけれど、カメラがもう消えたと思った瞬間に、「水をください!」と言って、それが番組の最後の言葉になってしまった。番組を見た時に、「バカにされたかなぁ~」と思った。

それから15回も撮影された。友達もよくされるけれど、みんなはあまり好きじゃない。この間、友達は「牛が好き」と言ったら画面に「牛、牛、牛、牛、牛!」と出て、彼女もバカにされた。

去年、僕は中学校から高校に異動した。ケーブルテレビは第一回目の授業を撮影しようとしたけれど、僕に断られてその後の授業の撮影を頼んできた。でも、その計画は強引だった。 この間、友達の初めての保育所の授業の日にケーブルテレビが連絡せずに、やって来た。「Picture OK?」と聞いたけれど、友達は断れなくて、カメラマンが勝手に撮影し始めた。そして子供たちの前に出て邪魔をした。すぐに、友達は「やめてもらえますか?」と言って、後で僕たちの気持ちを説明した。

日本の学校で教える外国人の仕事は結構難しい。日本語は母国語ではないし、慣れていない文化とか職場だから、日本人の先生ほどうまく立ち回れない。カメラの前の方がもちろん難しいから緊張して、授業を邪魔する場合もあると思う。ケーブルテレビにもこれを知ってほしい。

平成22年4月23日金曜日

先生の人事異動

日本の年度は4月から3月までだ。毎年、3月末に県立教育委員会により、先生が異動させられる。日本の教育制度の不思議な部分だ。

外国にこんな制度はない。さらに、7月に来日して働き始めるALT(外国語指導助手)はちょうど慣れた頃なのに先生が交代するのでびっくりする。そして、3月の中旬から下旬にかけてたくさんの先生は緊張する。日本の教育制度を知らない僕にとって、ちょっと変だと思った。異動が自分の希望ではないのに、よけいにびっくりした。ほとんどの先生は異動したくなさそうだし、生徒も先生と親しくなっているから別れて寂しくなる。僕も自分の先生と親しくなったから、異動してもらいたくなかった。

今年、この学校の先生は17人異動した。素敵な校長先生も、たくさんの優しい先生もこの学校から離れた。英語科の3人の先生も「Goodbye」と言って去った。だけど、毎年新しい先生が来て、友達と「美人が来るかなぁ~」と考えて楽しむ。

自国では、先生はそれぞれの学校に所属する。各州の教育委員会は教育体系を決定するけれど、先生と教育委員会の直接の関係はない。だから何年も一つの学校でそのまま働ける。学校を代わりたければ、辞めてほかの仕事と同様応募する。

先生の人事異動はあまり好きじゃないけれどしょうがない。

平成22年4月18日日曜日

前向き

週末に友達と関西に旅行した。楽しかったけれど、日曜日の夜にボランティアの約束があったから早く帰らなくてはならなかった。米子の友達の家から二人で高速道路を帰っている最中、ヘッドライトが突然暗くなったと気づいた。次にダッシュボードの光もラジオも消えて、すぐ高速の出口の所の路肩に止めた。エンジンもすぐ消えてしまった。4、5回鍵を回してみたけれどエンジンはかからなかった。10年ぐらい前、姉に同じような故障があったから、発電の問題だと思った。
ボランティアの会長に即座に電話したので、他の人が代わりに日曜日のシフトをしてくれた。そして近くの友達に電話して、僕たちの場所に来てもらい、車を安全な場所まで押した。最寄のガソリンスタンドに行って聞いたけれど日曜日の夜だから誰も修理できなかった。とりあえず米子に帰らざるを得なかった。
帰る途中に、乗せてくれていた友達は「ウイリアムは悲しんだり怒ったりすることなくいつも前向きで、感心だね。」と言ってくれた。
「あなたみたいな優しい友達のおかげだ。みんな安全でよかった。こんな事はただの厄介事に過ぎないだろう。」と答えた。
彼女とお兄さんはわざわざ米子に来て、家まで僕と友達を乗せてくれた。車を買った店の電話番号がわからなかったから知っている日本人の友達に頼んで、彼が代わりに電話をしてくれた。次の日、友達の車で車屋さんまで乗って、米子に置いたままの僕の車までトラックで行って持って帰った。勤め先の上司は忙しくない時期なので休ませてくれた。
やっぱり発電の問題で、火曜日に修理は終わった。3万円は安くないけれど、それにしても厄介事に過ぎなかった。みんなのおかげで助かった。新しい友達か恋人は僕の友達に会うと、「素晴らしい友達だね。」と褒める。そうだよね、僕は素晴らしい人を友達に選んでいる。